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最近、「HPVワクチンは打ったほうが良いのでしょうか」という質問をキャッチアップ接種の案内を貰った人や、定期接種のお子様をお持ちのお母様より聞かれることがあります。基本的に9価のワクチンが公費で打てるようになったので、接種したほうが良いでしょうとお答えしています。でも少し話が複雑です。HPVワクチンは副反応がないものではないので、良く理解されて受けて頂ければと思います。残念なことにHPVと子宮頸がんについても正確でない情報があります。HPVワクチン接種を考えるうえで、その助けに少しでもなればと思いHPVワクチンについて書かせていただきます。
今、HPVワクチンを奨める様になった理由
A. 9価ワクチンが公費で使用できるようになった
HPVにはいくつかの種類(型)があり、その中で10数種類が頸癌に関連すると言われています。欧米諸国では16,18型が大部分を占めますが、日本ではそれに加え52,58型も多く認められます。そのため2価、4価のHPVワクチンは60-70%しかカバーできませんでした。しかし、9価ワクチンは、9種類のHPVの感染を防ぐワクチンです。その中でも、日本人の子宮頸がんの原因の90%を占める、7種類のHPV(HPV16/18/31/33/45/52/58型)の感染を予防することができます。また、9価ワクチンには4価ワクチン同様にHPV6/11が含まれるので、外陰コンジローマの90%も予防できます。
B. 諸外国のデーターが明らかになった
以前はHPVワクチンが浸潤がんを減少させる報告はないとされていましたが、ここ数年の数か国の検討により、浸潤がんが明らかになりました。
スウェーデンの2020年で行われた研究によれば、4価HPVワクチンが浸潤性子宮頸がんのリスクを減少させる効果が示されました。この研究は、2006年から2017年にかけて約167万人の10歳から30歳の女性を対象に行われ、ワクチン接種集団と非接種集団を比較した報告です。結果、ワクチン接種集団では子宮頸がんの発症率が非接種集団の約半分となり、統計的に有意な49%の減少が確認されました。研究は年齢や他の要因も考慮して行われ、これらの要因を考慮してもワクチン接種による63%の減少が示されました。特に、17歳未満で推奨通りに接種を受けた女性では、浸潤子宮頸がんの発症率が特に低くなることが分かりました。
デンマークでは、2006年から2019年にかけて87万人の17歳から30歳の女性を対象にした研究が行われました。この研究では、17歳未満の群ではHPVワクチン接種により子宮頸がんの発症率が86%減少し、17-19歳の群でも32%の減少が見られました。ただし、20-30歳の群では有意な差が見られず、長期的な観察が必要とされました。
英国では、2008年から2価HPVワクチン接種が導入された結果、12-13歳の群では子宮頸部高度前がん病変と子宮頸癌の発生率が87%減少し、14-16歳と16-18歳のキャッチアップ接種群でもそれぞれ62%と34%の減少が見られました。これにより、ワクチン接種によって約448例の子宮頸がんが減少したとされています。
まとめるとスウェーデン、デンマーク、英国の研究から、HPVワクチン接種によって子宮頸がんの発症率が減少することが示されました。特に、若い年齢での接種が効果的であるとされていますが、長期的な観察が重要です。これらの研究結果は、HPVワクチンが浸潤性子宮頸がんの予防に有効であることを示唆しています。
HPVと子宮頸がん
HPVは、人間に感染するウイルスで、人体に寄生します。このウイルスはDNAを持ち、突然変異を起こしにくい性質を持っており、ワクチンによって誘導された免疫で感染を予防できるウイルスです。
A. HPVの種類
HPVには180種以上の遺伝子型(タイプ)があります。その中で、子宮頸がんなどのがんを引き起こすHPVは「ハイリスクHPV」と呼ばれ、HPV16・18, 31, 33, 35, 39, 45, 51, 52, 56, 58, 66, 68型が含まれます。一方、「ローリスクHPV」と呼ばれるものは、尖圭コンジローマなどの良性のイボを引き起こすHPVで、HPV6, 11, 42, 43, 44型が含まれます。これらのHPVの感染経路は同じですが、引き起こす疾患は異なります。
B. HPVの感染経路
HPVは、ウイルスが皮膚や粘膜に接着し、その後上皮と呼ばれる細胞に感染します。ウイルスのDNAが細胞内に入り込み、感染した細胞を変化させ、新たなウイルスが増殖します。HPVが感染するためには、皮膚や粘膜に微細な傷がある必要があります。したがって、温泉、プールで単にHPVに触れただけでは感染しません。感染には性的接触などの刺激が必要です。
C. HPV感染と性感染症の違い
HPV感染は、性感染症(STD)とは異なります。STDは性行為に伴う感染で、早期に症状が現れる性病のことを指します。一方、子宮頸がんなどを引き起こすハイリスクHPVは、感染者の多くが病気にならないことがあり、性感染症としては扱われません。したがって、子宮頸がんも性感染症ではありません。一方、ローリスクHPV感染から生じる尖圭コンジローマは早期に多くの人にできるので、性感染症として扱われています。
D. 子宮頸がんの進行過程
HPV感染は感染から2年以内に約90%の人で自然消失されると考えられ、一部の人は持続感染となります。ハイリスクHPVが持続感染状態にあると、子宮頸部上皮内腫瘍1(軽度異形成)となり、その一部が上皮内腫瘍2(中等度異形成)、さらにその一部が上皮内腫瘍3(高度異形成・上皮内癌)と進み、浸潤がんに進行します。ただ、上皮内腫瘍1、上皮内腫瘍2は自然治癒が起こる可能性があります。HPV感染から浸潤がんまでの過程は数年から数十年かかると考えられています。ですからHPVの検出や子宮頸部細胞診ががんの予防には有用です。
HPVワクチンの特殊性
他の感染症と違い、HPVと子宮頸がんの関係は特殊です。感染したからと言ってすぐ症状とかが出ないので、評価が難しい面があります。他の感染症は原因となるものとその疾患の関係が長い間に疫学的に解析されていますが、HPVはDNA検出なのでその歴史は長くありません。ですから接種してからの評価も難しい面があります。
子宮頸がんの90-95%がHPVによると考えられています。HPVワクチン接種しても、がん検診不要とはなりません。
HPVワクチンへの不安に対して
A. HPVワクチンの定期接種の変遷
2013年4月にHPVワクチンの定期接種が導入されました。しかし、この導入当初、接種後に体の広い範囲で持続的な疼痛などの副反応が報告されました。「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」を結成され、2015年3月には全面解決要求書を国と企業に提出し、2017年7月に訴訟を起こしています。この訴訟はまだ判決がでていません。 この副反応に関して、2013年6月14日に開催された専門家の会議で医学的情報が分析・評価され、ワクチン接種の効果とリスクが比較されました。その結果、リスクが高すぎるとは評価されなかったため、定期接種は中止されませんでした。ただし、会議では接種後の広範な疼痛の副反応についての情報提供が不十分であることが指摘され、一時的に積極的な勧奨を差し控え、適切な情報提供が行われるまで待つべきだとの結論が出ました。
その後、HPVワクチンの安全性については、専門家の会議で継続的に評価されてきました。2021年11月12日に行われた会議では、特別な安全上の懸念がないことが確認され、ワクチンの効果が副反応のリスクを上回ると判断されました。2021年11月26日に積極的な勧奨が再開され、個別の勧奨が行われることが決定されました。2022年4月からは接種を積極的に勧める活動が再開されました。接種対象者への情報提供が、広報紙、ポスター、インターネットなどを通じて接種対象者やその保護者に提供されています。
B. HPVワクチンの副反応
副反応はないわけではないが、重篤なものは頻度が稀です。摂取部位の疼痛や腫脹は約90%に認められますが、その他には、発熱、そう痒感 痒み、知覚消失、頭痛・感覚鈍麻、消化器症状としての悪心等が 1から10% 未満に認められるとのことです。
副反応が問題となった当初けいれん等の重症の状態が画像としてながれ、それがワクチンに由来するという報告もいくつもされ、マスコミをにぎわせました。その後、ワクチンの副反応を免疫異常(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群=HANS)と名付け発表され、それを応援する政治家やマスコミによりワクチンへの不安は増強します。その後、実験がマウス1匹に行われたものだったりしたことが判明したこと(当初からわかっていた筈なのですが)、ワクチン接種の有無と重症副反応と言われている症状の発言に優位の差がなかったこと、HANSの診断が高名な医師の経験からの診断で、診断基準が明確にされず専門家での会議での結論となったと思います。この会議での議論や事実はわかりやすいように可視化され好評されていません。副反応についての画像や被害者の訴えは感情に訴えます。その後の専門家会議の発表は科学的だと思いますが、副反応がワクチンで生じた可能性を否定することはできないという問題があり、不安を一掃できません。ただ、私は大学時代に子宮頸がんの末期の患者さんを担当していました。その時の状況をみているのでそれは私の判断に大きな影響を与えると思いますが、一般的には副反応の方だけ映像で提供されれば、不安が続くのは無理がないと思います。
HPVと子宮頸がん、HPVワクチンに対する不正確な情報
1.子宮頸がんはHPV感染を頻回に繰り返すことにより起こるので、決まったパートナーとしかしなければなることはないので、ワクチンは不要である。これは誤解です。たしかにHPV感染はSEXで感染するので、SEXの機会が多ければ感染確率が増えます。でも持続感染となるかどうかSEXの回数とか相手の数とかは関係ありません。
2.HPV感染は避けるために避妊具(コンドーム)を使用すれば十分である。
コンドームの使用は性感染症のリスクを減少させますが、HPVは体表の皮膚接触によっても感染します。したがって、コンドームを使用しても完全に感染を防げません。
3.HPVワクチンを接種したら子宮頸がん検診は不要です。
HPVワクチンは子宮頸がんの予防に効果的ですが、子宮頸がん検診はワクチンと併用して重要です。
4.HPVワクチンを接種すると性的活動が促進される。
HPVワクチンは性的活動を促進するものではありません。ワクチンは性的感染症を予防し、がんリスクを減少させるために推奨されています。
子宮頸がんの根絶をめざして
HPVワクチンが浸潤子宮頸がんを減少させる報告がでて、日本人のHPVタイプを90%と対応した9価ワクチンが採用された今、HPVワクチン接種が広がればよいと思います。
子宮頸がんの根本的な原因となるHPV感染そのものをワクチンによってブロックしてがんにならないようにすること(1次予防)と、検診によるスクリーニングで高度前がん病変と早期のがんを発見して治療し、結果的に浸潤がんを減らしがんによる死亡を予防すること(2次予防)の両者の併用による予防の重要性が世界的に認識され、WHOの子宮頸がんの予防戦略のグローバルコンセンサスとなりました。つまり、検診とワクチンを組み合わせることにより、それぞれの欠点を相互に補填しあうことで、より効果的な子宮頸がんの予防を目指すことが世界の流れとなっています。現在、残念ながら、日本は、どちらの点でも、立ち遅れているのが現状です。個人的にはHPVワクチンは納得して接種頂き、検診もSEX経験後は受けて頂ければと思います。